防除いまむかし。

2017年6月16日(金)


山間の夕刻は早く訪れ、等高線のように折り重ねた田に張られた水が空の影と灯りを映し出す。
時間が経つにつれ闇が濃くなるとともに虫たちの声も大きくなり、それを追うように連なった人々が畦道を練り歩いていきます。

「むしおくりーどののおとおりだーい。」

虫送り。

6月10日に熊野市紀和町にある丸山千枚田で行われた「虫送り」の見物に行ってきました。
暗闇に浮かぶ無数の灯りと、山間の狭い道に見物客が溢れている様は、幻想的で非日常的な風景です。

この「虫送り」というのは、火の灯りを掲げ太鼓や鐘を打ち鳴らし「虫送り殿のお通りだい。」と歌いながら、稲に付く害虫を追い払うというもので、2004年に熊野古道が世界遺産に登録されたのをきっかけに、地元ボランティアが行事として復活させたそうです。

昔は全国各地で見られた光景でしたが、農薬による病害虫防除が普及するにつれ廃れていったものです。

防除今昔。

今から考えれば害虫を一時的に追い払ったとしてもまたすぐに戻ってくるわけで、効果がないのは明白ですが、当時、といっても日本が農耕を始めた縄文時代からほんの100年ほど前までは病害虫に対抗する術がほとんどなく、祈ることが最も有効な手段と考えられていました。

油や灰などを使用する農薬的な防除も行われていたようですが、実際の効果は限定的で、これも儀式的な意味合いが強かったようです。

つまり、盆踊りをはじめとする四季折々のお祭りや虫送りは、イベントではなくガチでリアルな防除作業だったのですね。

飢饉や疫病により多くの死者を出すたび、さらに強い絆を持って祈る必要があり、それに対する異論や無関心はその防除効果を妨げる悪しき心の持ち様であるとして、阻害や弾圧の対象となったわけです。

これが「心を一つにしてみんな一緒に。」という日本人の精神を司る大きな要因となっていると言われています。

近代防除。

防除剤(農薬)の登場により、昔とは比べものにならないくらい農産物(食料)が安定的に生産されるようになったおかげで飢餓や疫病が減り、世界の急激な発展をもたらしたわけですが、その間には人体や環境へ悪影響が出るものも使用されてきました。

農薬創生期には、多くの問題を解決する魔法の薬として利便性を追うあまり、安全性をないがしろにしていた経緯もありますが、それらを検証するとともに農薬法などの法律も整備され、現在では安全性の実証がなされたものだけを農薬と定め、その使用法も厳しく制限されています。

化学合成農薬が開発されてまだ100年足らず。化学的に作られた物質による影響を検証し、改善するのもまた化学の役割です。
これからもまた新しい問題が出てくる可能性もあるかもしれません。使用する我々農家も常に勉強を続けていく必要があるのだと思います。

この幻想的な風景を郷愁だけで捉えず、昔と今を繋ぐ一つのページとして未来に伝えていくことも大事なのだろうなあ。

 

 

あ、

 

ちなみに上のキレイな写真は私が撮ったものではなく、写真素材サイトPIXTA icon-external-linkで購入したものです。 笑

ちなみに私がスマホで撮ってきた写真はこちら icon-long-arrow-down 

2017-06-10虫送り2

なんなのかよくわかりません。

便利な世の中です。