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そもそも農薬ってなに?

「農薬」という言葉を聞くと一般的には

農薬➝毒➝できれば使って欲しくない

と思う方が多いのではないでしょうか。
これを農業関係者は

農薬→農業用医薬品→作物を害虫や病気から守るための薬

という捉え方になります。

ひとくちに薬と言っても人間では「医薬品」、農業用なら「農業用医薬品」、家庭用では「医薬部外品」になり、ペット用は「動物用医薬部外品」となります。

柑橘の場合、苗木を植えてから収穫できるまで数年、成樹になり十分な生産量に至るまでさらに数年かかります。そしてその後は数十年にわたりその樹から収入を得ていきます。

つまりやり直しが利き難い農産物といえます。

病害虫によりみかんの果皮にキズがついて商品価値が下がるだけならガッカリで済みますが、樹全体が病気に冒され、生産率の低下や果ての枯死に至るような事態はどうしても避けなければならないのです。

農薬の定義

農薬を使うに当たっては「農薬取締法」という法律に準じて使用する必要があります。そのなかで

第1条の2 この法律において「農薬」とは、農作物(樹木及び農林産物を含む。以下「農作物等」という。)を害する菌、線虫、ダニ、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する。)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む。)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。

前項の防除のために利用される天敵は、この法律の適用については、これを農薬とみなす。 (農水省HPより)

ということです。

かいつまんで言うと、農作物を虫や菌に害されないようにするために使用出来る薬剤ということです。

*「生理機能の増進または・・・」のところは、植物ホルモンを活性させる「植物調整剤」のことで、農薬の分類ではありますが直接的な病害虫防除剤ではないのでここでは考慮外としておきます。

農薬を使用する場合は

ひとくちに農薬といっても、駆除する病害虫の種類によって使用できる薬剤が異なり、作物によっても異なります。
実際に農薬を使用する場合は

  • 作物によって使用できる薬剤が決められています。
  • 病害虫の種類によって薬剤が違います。
  • 希釈倍数が決められています。
  • 薬剤の使用後に収穫出来るまでの期間が決められています。

間違った使い方をすると安全性が保てなくなるため、厳守することが求められています。

農薬の種類

「農薬取締法」により「薬効」「薬害」「安全性」が科学的に証明されたものだけを「農薬」と呼びます。

現在登録されている農薬商品数は約4,500品、有効成分別では約550種類ほどです。

この中には化学的に合成された薬剤の他、硫黄や銅、油などの天然資材も含まれていて、JAS法に基づいた有機栽培では天然資材の農薬は使用しても良いことになっています。

また農薬は大まかに害虫駆除のための「殺虫剤」と、カビなどの菌による病気を予防する「殺菌剤」に分けられます。

目的の病害虫の種類や発生時期に合わせて効果の発揮するものを使用するのですが、発生する病害虫は日本各地それぞれ違いがあり、作物によっても違いがあります。
柑橘の場合でも温州みかんと不知火で病気や害虫に違いがあり、さらに三重県でも南部東紀州地域とその他の地域では違いがあるため、各地域の農業試験場およびJAによって作物や品種別の防除指針というものが示されています。

そしてこの防除指針は年々変わっていく病虫害の発生傾向や、同じ薬剤を連年使用することで起きる薬剤抵抗性を避けるため頻繁に更新されています。
生産者はこの防除指針を元にして、自分の園地に最適なものを選択して使用していくことになります。

農薬登録

農薬製造会社や輸入会社が農薬を販売するためには、自社で行った多くの試験データを元にして、人体や環境への安全性の証明をしたうえで農林水産省に農薬登録申請をおこないます。

その後改めて独立機関において審査され、安全性が確保されていると実証された薬剤のみが「農薬」として販売使用許可が下ります。そして登録後も最新の科学的知見に基づいた審査が一定期間ごとに必要となっています。人畜や環境への危険性があり使用すべきでないと判断された薬剤および成分を持つものは、登録されなかったり禁止農薬として製造販売や流通が規制されます。

つまり人間用の医薬品とほぼ同じ行程を経て使用が認められるのが農薬ということです。

農薬取締法について(農林水産省)➝

特定防除資材(特定農薬)

こうして国によって登録された農薬だけが農薬として販売が出来る仕組みにはなっていますが、現場ではこの他にも食酢や重曹、虫の嫌う成分を持った天然資材などを病害虫の防除に使う場合があります。

農薬取締法においては「農薬以外の防除を行ってはいけない」としている訳ではなく、農薬ではないが殺菌殺虫または忌避効果のある物質も数多くあり、特に有機や無農薬といった栽培方法では、農薬を使わない代わりにこうした資材を使用して防除を行います。

その中でも「危険性はないが防除効果が認められるものは、農薬ではないが農薬として扱ってもよいもの」を「特定防除資材」に分類し、現在のところ「エチレン」「次亜塩素酸水」「食酢」「重曹」「土着天敵」が指定されています。

その他にも塩水やクエン酸なども防除資材として使用されますが、その多くは食用品などであるため「防除効果があり、しかも明らかに無害と思われるもの」については、わざわざ多大な時間と税金を使って検証する程のものではないという見解から、農薬認定はせず自己判断でということになっています。

残留農薬

食べ物に農薬が含まれていたら嫌だなあと思う方も多いと思いますが、人体への安全性については「残留農薬基準」というのがあります。

こちらは「食品衛生法」の中で、農産物に残留した農薬成分が健康被害をもたらさない程度の値に抑えるというものです。

農薬取締法で定められている農薬の成分や濃度、散布量や収穫前散布日数は、十分な薬効がありつつ、人の口に入る時点で分解消失しているという前提から逆算して決められています。

国別によるそれぞれの食文化、性別、年齢、体格を考慮した上で、同じように割り出された他の作物を同時に食べた場合の合計残留量が、健康に危惧されない値の1/100とする。これを「一日摂取許容量-ADI-」といいます。

一日摂取許容量(ADI)について➝

「たとえばみかんを一年間に100個食べるとして、もしもその中に残留してる農薬成分があったとして、それが100個全部に入っていたとして、それを数十年食べ続けたとして、さらに口にした米やらほかの野菜やらすべての農産物にも同等の農薬残留があったとしても健康には影響しない数値のさらに100分の1。」

大雑把に言うとこんな感じです。

この残留農薬基準値は成分や作物によって細かく定められているほか、基準値が設定されていないものについても一律0.01ppmという基準が設けられています。
また「基準値が設定されていないもの」というのは、その作物に使用が許可されていない成分のことで、品種について登録されていない農薬や、隣の畑で使用された農薬の飛散といったものです。

農薬の使用方法はADIを超えないように設定されていますので、残留基準値の範囲内であれば正しく使用されていると判断できます。

店頭や市場に並ぶ農産物の残留農薬検査が抜き打ちで常に行われていて、もし基準値を上回るものがあれば廃棄処分のうえ一定期間出荷停止などの措置が取られます。
これにより当事者だけでなく、風評などにより同じ品種を出荷している産地全体も大きな打撃を受けることになります。
わざわざそのリスクを負ってまで違反使用をする理由がないため、生産者は適正に農薬を取り扱ってると言えます。

農薬の分解性

過去には強い毒性や残留期間の長い農薬が使用された時期もありました。その反省から現在使用が許可されている農薬は、その目的が達成された後、他への影響が出ないように太陽光や土中の微生物によって分解消失する成分で作られています。

現在は自然分解によって成分量が半分になる「半減期」が最長180日までと定められていますが、登録されている農薬の大半は30日以内に消失するものが占めています。さらに自然環境内においては降雨などでより早まります。

誤った使用または他所からの飛散以外に残留があるとすれば、収穫前の最後に使用された農薬が原因となります。
そのために農薬成分の消失期間やADIから割り出された「収穫前散布期日」「使用回数」「希釈濃度」というものが農薬の種類や作物単位で決められており、使用者はこれを厳守することで人への安全を確保しています。

農薬は人の口に入る時点で成分のほとんどが消失していることが前提として設計されています。
口に入る時点で農薬の残留値が0であれば、それは農薬を使っていないのと同じであり、人への危険性については有機栽培や無農薬栽培と同等ということになります。

また、基準値内であれば体内に農薬成分が入ったとしても、人間には排出や解毒といった機能が備わっています。
体内に残留している期間は数時間から長くても数日となっていて、残留基準値をはるかに超えたものを大量にしかも長期に渡って食べ続けない限り、体内で蓄積されることはありません。

ただこれは人間への影響についてであり、虫や土壌微生物など環境への影響の問題は残されます。
有機栽培や自然栽培というのは、この環境への影響(あくまで自分の畑内の)を軽減するために行われる栽培方法です。

農薬の今昔

化学合成農薬が使われ始めたのが1920年代と言われていて、まだ100年の歴史です。

それまではというと、夜かがり火を焚いて一列に並んだ人々が歌を唄い、太鼓を鳴らしながら虫たちを追い立てる。もしくは祈祷という方法が一般的でした。

虫を追い払ったところですぐに戻ってくるということは単純に考えても分かりますが、当時はそれ以外に直接的な手立てがなかったのです。
また、四季折々に行われる祭りが日本各地に今も残っていますが、これは災害や病害虫から大事な食糧を守ってほしいというお祈りの儀式であり、まさに防除作業だったのです。

忌避効果を狙って灰や山椒を撒くという現代の散布に近いこともやっていたようですが、防除効果はほとんどなく、これも祈祷の意味合いが強かったようです。

そのような努力をしながらもたびたび飢饉に見舞われ、その度に多くの死者を出しているのは、今となっては教科書などで知るのみです。

海外でも事情は同じで、飢餓から逃れるために欧州人は新大陸に向かったというのがアメリカが出来たいきさつと言われています。

農作物の病害虫被害を抑え、安定的に食料を確保することが、人類が求めてきた歴史ともいえます。

明治以降になってやっと除虫菊(蚊取り線香の成分)やタバコから採れるニコチンなどが殺虫に、硫黄や石灰などが殺菌に効果があることが分かり、防除資材として使用されるようになります。

そしてこれらの天然由来の成分を化学的に合成する技術が開発され、安定した効果を発揮する化学合成農薬が誕生します。

この化学農薬の開発により農産物の生産効率が飛躍的に向上することで、人類最大の問題であった「飢餓」から解放されるきっかけをつかむことになります。(ただし、人口増加や農耕不適切地域において飢餓問題は現在も解決されていない。)

農薬問題

日本でも農薬を使い農作物を安定して生産することで戦後の食糧危機を乗り越え、その後の経済を下支えしてきたわけですが、同時に衛生環境を改善するという側面もありました。

戦後間もない頃、DDTという白い粉状の農薬を子供たちの頭に振りかけたり、飛行機による広範囲への空中散布を行ってシラミやノミを駆除したおかげで、当時感染者が年間数万人といわれたチフスやマラリアを抑えることに成功しました。

農薬という画期的な「打ち出の小づち」を手に入れた人間は、どんどん新しい農薬の開発に力を入れ、あらゆる場所でしかも大量に使用していくことになります。

これによって飢饉や疫病の蔓延が抑えられた反面、新たに人畜への毒性や環境破壊の問題が出てきます。

当時は人体や環境への悪影響についてほとんど検証がなされていず、毒性を指摘する声はありはしましたが、農薬散布中の中毒死や自然環境の中から鳥や魚がいなくなることよりも、その効果によってもたらされる恩恵の方が大きいと考えられていました。

1950年代になってその毒性の研究が進むにつれ、直接的な健康被害とともに残留した農薬成分が人体および環境内で蓄積されていき、健康や自然に多大な悪影響を及ぼすということが大きな社会問題として取り上げられるようになりました。

このことから人体や自然環境に影響を与え過ぎるものを排除し、より安全に使用できるように改良され、法律も度重ねて改正されることによって、現在の農薬は健康や環境にほとんど悪影響を及ぼしていないというレベルまで進歩しています。

つまり安全が証明されているからこそ「農薬」であって、使い方をきちんと守って使用すれば心配いらない。というのが現在の慣行栽培の指針となっています。

薬と毒の関係性

「農薬は毒であり、すべて排除すべき。」という考え方がありますが、

すべての物質においてリスク「0」は存在しない。

そのリスクを毒として考えるなら、すべてはその量による。

という大原則があります。

たとえば「酒は百薬の長」と言われますが、飲み過ぎると毒となります。同じように水は生命の源ですが、一度に大量に飲めば死に至る。というようなことです。

つまりこの「量の概念」を無視した考え方や主張は現実に則しているとは言えず、ただ人の不安を煽っているだけのものも少なくありません。

農業における科学は、人工的な合成または自然から抽出した物質を使って、食べ物につく寄生虫や病原菌を抑え、必要とされる量の食糧を安定的に供給する役目を持っています。
また同時に農薬成分による毒性を究明し、健康や環境へのリスクをできるだけ低くするのもまた科学の役割です。

食に係わる仕事をしている者は正しい知識を持ち、常に勉強を続けることが大事だと思っています。

参考にさせていただいたサイト