コタツとみかんの相関関係って?

2014-12-17 

2014年12月17日(水)


全国的な寒波に包まれているなか、この地方でも初雪が降りました。

ゆきだるまつくろ~♪

大人なので作りませんけどね。

「よく食べる果物はなんですか?」
と聞かれたら何と答えるでしょう。

果物王の座をバナナに奪われてから久しいみかんですが、国内生産量もピークだった1970年代中盤の360万トンから、ここ数年は100万トンを大きく割り込み、80万トンくらいになっているようです。

この生産量に関しては、高齢化による生産者の減少と、後継者不足による栽培面積の減少が大きな理由なのですが、ではなぜ生産量がこれだけ減っているのに相場価格が上がったり、供給不足に陥ったりしないのかというと、

余っているからですね。

ピークから75%も減っているのに、なんでまだ余っているのかと思うのですが、それはピーク時の70年代中盤時点で、すでに生産過剰になっていたのと、どうやら消費量が減っているからのようです。

1980年に国民1人当たりの消費量が年間14㎏だったのが、
2009年(ちょっと古くてすみません)には約5㎏と1/3ほどに減っているそうです。

輸入自由化により、海外からの安価な果物も入って来るようになって選択肢が多様化したことが大きな理由だと思われます。

昔は確か高級だったはずのバナナが、今や一房100円ちょっとで買えたりしますからね。
バナナ生産者の手取りはいったい何円なんだ?なんていう心配は、外国のことだけにどうも想像し難い。

そんななか、美味しくないからだよ!っていう本質的なことはひとまず横に置いといて、冬の定番風景であるコタツが減っていることが、みかん消費不振の原因の一つである!
なんていう意見があるのですね。

コタツとみかん。

2014.12.16.2

コタツに入ってゴロゴロしながらテレビを見る。

まさに堕落した日本人の姿! のはずですが、どうもそうではなく、

寒い中お父さんは外回りの営業で疲れて冷え切った体を家族のぬくもりとともに温める場所。
お母さんは洗濯や炊事でかじかんだ指を生き返らせる場所。暖房とテレビのない自分の部屋には行きたくない子供たち。

そしてそのコタツの中にはネコ。上にはみかん。

緊張から解き放たれた後の緩和。一か所に家族が集まる箱庭的な空間。これらのバランスが見事に調和した日本的な風景です。

冬の夜長、テレビを見ながら食べるのは、アテモヤとかドラゴンフルーツとかじゃなく、やっぱりみかんなわけです。

テレビを観ながらなので、みかんの皮を剥くのなんかなんの苦労もない訳です。皮を剥いた後の白い筋なんかみんな取っちゃって、きれいに裸にしたみかんを嬉しそうにみんなに見せたりなんかします。
気付かずにカゴに盛られたみかん全部食べてしまって、手が黄色くなってたりします。

そんな人たちに支えられてきたみかんですが、生活様式の西洋化と暖房設備の多様化によって、コタツの価値と置き場所がだんだんなくなってきたわけですね。

それと同時に家庭内娯楽の王様というか、ほとんど唯一て言ってよかったテレビ離れも関係しているようです。

画面を見ているだけなら両手はみかんを剥く作業に使えますが、いまや手の中にはスマホ、もしくはゲームコントローラー、マウスが握られていて、なかなかみかんは握ってもらえません。

テレビと違って集中が必要とされますし、黄色い手であまりスマホのパネルを触りたくないもんです。

実際こうやってブログを書きながらみかんは食べないですもんね。

みかん農家が仕事時間以外でみかんを食べたくなるのか?とか、PCのキーボードを打つのは人差し指1本しか使わないじゃないか!とかいうのは考慮に入れなくても、口に入れているのは片手で飲めるコーヒーです。

えー、つまり、この先どうしたらいいのかというと、

片手、もしくは手を使わずに剥けるみかんの開発が求められているのかもしれません。

もし万が一、発明するようなことがあれば、こちらの方で真っ先に発表させて頂きたいと思っておりますので、その節はよろしくお願いいたします。

2014.12.16